新貨幣システムを考えてみました

こんにちは!

超情報技術研究所、甲斐由直です。

資本主義とお金というものを考えていくと、なかなか不思議なところがありますね。
情報がここまでローコストで流通するようになると、そろそろ新しい貨幣システムが必要になってくるかもしれません。

コンテンツがお金にならない国、日本

日本では情報にお金を払わない傾向があるということがあります。

音楽もデジタルデータでなく、CDがまだまだ幅をきかせていますし、漫画の違法サイトの話もありました。

アニメーターの報酬が低いとか、エンジニアの単価が諸外国よりも低いとか、そういう話もありますよね。

なぜそうなっているのかはわかりません。

しかし、コンテンツを販売するとしても、ものとして形が残るものを提供した方がまだまだ売れるように思います。

超情報技術研究所のこころの書き換えも、単に書き換えるよりも、お守りのような形でお渡しした方が良いのかなとも少し思いますね。

情報に制約がかからない社会

現状で、違法なアップロードコンテンツなどは、もちろん法的に正しい手続きを以って対処すべきです。

しかし、甲斐は、この情報はタダという風潮そのものには、否定的ではないんですね。

たとえば、コンテンツ制作者が無限のお金を持っているとしましょう。

つまり、経済的には何不自由ないということですね。

この時、自分の作ったコンテンツが一部の人にしか行かない社会と、全員に行き渡る社会で、どちらが作者にとって良いでしょうか?

通常は全員に行き渡る社会かなと思います。

そして、作者にとってという基準だけでなく、社会にとってどちらが豊かかという基準にすると、もっと明確に、あらゆるコンテンツは全員に無償で行き届いた方が豊かな社会と言えます。

しかも、すべてがお金のためでないコンテンツですから、なかなか面白いコンテンツが増えそうにも思います。

で、これは、作者にお金が入らないという巨大な問題点をのぞけば、簡単に実現するんですよね。

だから、これだけ違法アップロードが現れているわけです。

お金はなぜ生まれたのか

物理的なものには、数が限りがあります。

そのため、ものは、どうやっても一部の人にしか行かないんです。

ものを誰に配るのか優先度を考える必要があるんです。

そこで、お金というものが生まれたんだと思います。

お金を多く使った人には多くのものを渡す、そして、多くのものを渡した人は、多くのお金を得る、そういうルールです。

これは、社会にどれだけの価値を提供したのか、という指標として、お金があると考えて良いでしょうね。

 物理的な価値と情報的な価値の分離

苫米地博士がかつてベチユニットという新しい通貨を考えたことがあるそうです。

物理的な価値と情報的な価値で通貨を分けるという発想でした。

これはたぶん100年以上早い発想で、まともに普及させるのは難しいかと思いますが、これもまた物理と情報の本質的な違いに着目したものでした。

甲斐は、通貨は分けなくて良いというか、分けたら今、普及させることはできないと思うんですよね。

それで、情報を生産した人に、政府か仮想通貨的に湧いて出るのかわかりませんが、ダイレクトにお金を渡しちゃうのはどうかなと。

情報が生産されたら、それと等価なお金が発生すればバランスが取れるわけじゃないですか。

それだけのお金がないからデフレになって不景気になっているわけです。

今の技術でも、Twitterならファボられた数だけ、YouTubeなら再生時間に比例して、みたいな感じで、情報の価値を把握できるので、それに応じた仮想通貨を配ったら良いんですよ。

そして、その情報は制限なく世間に出回るというわけです。

そして情報生産と同じだけのインフレが起こるので、情報を生産しない人の貯金の価値が徐々に減っていくということになります。

いわゆる腐る貨幣というやつで、貧富の差の解消にも役立つかと思います。

この貨幣システムと超情報技術研究所の各種メニューは全く関係がないですが、よろしくお願いします。

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