甲斐です。
懲りずに博士のライブに行ってきたわけですが、今回もいろいろと面白かったです。
このところ空手を研究していたせいか、自分の身体にフォーカスしすぎていて、空間の体感を忘れ気味だったなーというのを実感しました。
音というのは勝手に空間を埋めるものなので、空間の感覚を得やすいように思います。
武道・武術においても遠山の目付などといって、空間を捉えることの重要性がよく語られますね。
相手の動きというのは結果であって、先に空間に動きが現れるわけですから、相手を見ていたら遅いわけです。
あるいはラポールも自分と相手の間に起こるというよりも、自分と相手が共有する空間に起こるんですね。
コーチングというよりも内部表現の書き換えの話ですけれども、この辺りは一つ上のレベルの書き換えを行うための重要な感覚です。
そしてもう一つ大事なのは共鳴感覚ですね。
空間を捉えるだけだと均質なんですよ。
捉える空間が大きく広くなればなるほど、影響力が増していくのですが、同時に影響を及ぼす対象も増えちゃうんですね。
それって不便じゃないですか。
そこで対象を選択するというか、重要度を与えるというか、評価関数を通すというか、共鳴ってそういうことなんです。
音楽の面白さっておそらくこの辺にあって、原初的なコミュニケーションの一手段であったり、高度な音楽文化が発達したりしたのはこういうところに理由があるのでしょうね。
そういえば歌うネアンデルタール面白かったです。