言語束縛

こんにちは甲斐です。

ちょっと気になったんですが、コーチング界隈で言語束縛という言葉をイメージ的に使っている感じがあるんですね。

本来の意味と違う意味で使ってるんです。

おそらく、コーチング界隈にこの言葉を持ち込んだあの博士は当然本来の意味で言語束縛と言っているはずなんですけどね。

さて、本来の意味での、情報工学の世界での束縛は、bindの訳語で、言語束縛というとより原始的な言語で書かれたプログラムを高級言語から呼べるようにする、みたいな意味になります。

あるいは単語と意味、言語学で言うシニフィエとシニフィアンを結びつけることも束縛といいます。

なので、言葉を使うということはそもそも束縛が起こっているんですね。

だから「言語束縛されないように言語を使う」なんてことは、本来の意味としてはナンセンスなんです。

とはいえ、「言語束縛されないように言語を使う」という言葉の意味もわからんでもなくて、つまるところ人間は記号に縛られて考え方が硬直している、ということなんですね。

実は身体の使い方も記号的に捉えることで硬直してしまっているんですが、それはさておき、非言語的にイメージを使う、というのは現状の価値観、世界観、コーチング用語で言うビリーフシステムを超える上で役に立つ、という結論は間違っていないのです。

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コーチ、超情報技術研究所主催 コーチングを通じて、人のこころを育て、より自由で楽しい社会を作ることを目指しています。 専門分野は、コーチング、コンピュータサイエンス、気功、身体操作、心理学、速読、認知科学、武術、催眠、遠隔視、神道、和歌、スピリチュアル、音楽など